厚労省「ヘルスケアAX」資料を読む——業務支援AIは「何をどう測るか」が問われる段階へ

 文・監修:宮本 太郎

厚生労働省のヘルスケアAX・DX推進本部が、医療・介護でのAI活用の現状と課題、来年度に向けた主な施策をまとめた資料を公表しました。業務支援AIについては「普及率の低さ」と「費用対効果が分からないこと」を課題に挙げ、性能や導入効果を測る指標づくりを施策に入れています。

何が公表されたのか

結論から書きます。国の医療AI政策は「AIを開発する」段階から、「現場で使えるか、どう測るか」を問う段階に進もうとしています。導入を考える医療機関や企業にとっては、AIの精度をうたう数字を「何を分母にして測ったものか」で読む習慣が、これまで以上に役立つと考えています。

厚生労働省は、医療・介護分野のAI活用とDX(デジタル化による業務の変革)を進めるための省内組織として「厚生労働省ヘルスケアAX・DX推進本部」を置いています。本部長は厚生労働大臣で、資料では「ヘルスケア分野におけるAI利活用とDXを戦略的・総合的に推進するための司令塔」と位置づけられています。従来の「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームを改組したものです。

今年九月に開かれた本部の会合では、医療情報化推進方針(案)や電子カルテ普及計画(案)とともに、資料「ヘルスケアAXの推進について」が公表されました。AXは、AIを使って業務やサービスのあり方を変えていく取り組みを指す言葉として使われています。この資料は、創薬、医療機器等の開発、医療・介護の業務効率化の三つの領域について、現状、課題、目指す姿を整理したうえで、主な来年度予算要求事項を並べたものです。

業務支援AIで挙げられた課題と施策

企業の健康管理担当者や医療機関に最も関係が深いのは、「医療・介護の業務効率化」の領域です。資料はこの領域の課題を「生産性向上が不可欠」とし、具体的に次の二つを挙げています。

  • 医療・介護の業務支援AIの低い普及率
  • AIの費用対効果が不明確

これに対応する「医療AX」の施策として、資料には次のような項目が並んでいます。

  • 医療AIの性能評価指標の開発: 参考資料では「業務系医療AIの性能や導入効果に関するベンチマーク・指標を開発」し、あわせて「医療機関の相談窓口を設置し、医療機関AXを支援」すると書かれています。ベンチマークとは、性能を比べるための共通の物差しのことです。
  • 医療AIと医療情報システムの接続環境構築: 電子カルテなどとAIをつなぐための環境整備です。
  • エージェント型AIによる業務支援サービスの開発支援: エージェント型AIとは、指示を受けて複数の手順を自律的にこなすAIのことです。厚生労働省が医療現場の業務効率化の課題を設定して公募し、開発と実証を支援します。公募課題のイメージ(要検討)としては、看護職員の間接業務の負担軽減、日勤・夜勤の申し送り事項の作成、退院時サマリや紹介状の作成などが例示されています。補助の要件には「開発したサービスの要件定義や実証データを公開する」ことが含まれています。
  • 医療機関へのAI導入・伴走支援: 導入の補助に加え、支援事業者による伴走支援や、各都道府県の医療勤務環境改善支援センターによる助言などが挙がっています。同センターには、ICT機器等の導入について相談できる総合窓口を設ける方針も示されています。

このほか、PMDA(医薬品や医療機器の審査を担う機関)で、AI活用を前提とした審査プロセスを確立することや、AIを活用した医療機器の審査の高度化・効率化に生成AIを生かすことの検討も施策に入っています。

なお、これらは予算の「要求事項」です。今後の予算編成の過程で内容や規模が変わる可能性がある点には注意が必要です。

医師・開発者としての見方

私がこの資料で注目したのは、「性能や導入効果に関するベンチマーク・指標」と「要件定義や実証データの公開」が施策に入ったことです。業務支援AIの評価では、指標の決め方そのものが結果を大きく左右するからです。

当社が健診票のように罫線のある帳票を画像認識AIで読み取る仕組みを検証したときには、次のような落ち方がありました。ページ全体を渡すと最初の表しか読まない。空欄の行が続くと行を飛ばし、下の行の値を繰り上げてしまう。どちらもエラーを出しません。しかも読み落とした行は採点の分母から外れるため、値の一致率はむしろ高く見えてしまいます。

そこで当社では、空欄の欄も分母に入れて採点し、「正しく読めた」「誤った」「読めなかった」に加えて「空欄なのに値を作った」を別に数えるようにしました。版面の切り分けはプログラムに任せ、文字の読み取りだけをAIに任せることで、取りこぼしと行のずれをそれぞれ測れるようになりました(経緯は 健診票をAIに読ませたら、黙って行を飛ばした に書きました)。

この経験から、業務系医療AIの指標づくりでは、正解率の高さだけでなく「何を分母に入れるか」「AIが値を作ってしまった件数をどう数えるか」まで決めておくことが大切だと考えています。資料が課題に挙げる「費用対効果が不明確」も、効果の測り方が揃わないことと根は同じだと見ています。要件定義と実証データが公開されれば、外部の人が測り方を確かめられるようになり、この点で意味は大きいと考えています。

企業の健康管理・医療現場への示唆

今回の資料は主に医療機関や介護事業所を対象としたもので、産業保健を直接扱ってはいません。ただ、健診結果の取り込みや面談記録の下書きなど、企業の健康管理でAIの業務支援サービスを検討する場面にも、同じ視点がそのまま当てはまります。

  • 精度の数字は、分母を確かめる: 「一致率」「正解率」をうたうサービスには、空欄や読めなかった項目が分母に入っているか、読み落としをどう検出するかを尋ねてみてください。
  • 導入効果は、測り方を先に決める: 何の作業時間を、導入の前後でどう比べるのかを決めておかないと、費用対効果は後から説明できません。
  • 公開される要件定義や指標を参考にする: 公募事業で要件定義や実証データが公開されれば、自社や自院でサービスを選ぶ際の確認項目づくりにも使えます。
  • 相談窓口や伴走支援の動きを追う: 医療機関では、勤務環境改善支援センターの相談窓口や導入補助が具体化していく見込みです。予算が確定した後の要項を確認しておくとよいでしょう。

当社では、医療・産業保健の現場に向けたAIの開発と、導入時の評価設計を支援しています。業務支援AIの検討や評価の方法でお悩みでしたら、お気軽にご相談ください。

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